第14話 怪しげな男

 日が沈み、辺りが藍の闇へと飲み込まれていく。
 月明かりがとても輝いている。満月に近かった。街灯がなくても相手の顔がわかるくらいに強くて淡く照らしている。
 歩幅を合わせるレミィとティナ。

「もうちょっと早く帰ればよかったかな……」

 口を開いたのはティナ。少し元気のない声。
 さっきの今だ。変な想像をしてしまうのも仕方がない。

「気がついたらこんな時間だったもんね。ティナ、大丈夫だよ。私がいるから。ね?」

 そんなティナを元気づけるため、レミィが優しく声をかける。
 かけ終わったと同時に、ガバっと抱きつかれる感覚が。

「わぁあん、レミィーやさしいー。ありがとおー」
「ちょっと、ねぇ歩きづらいって……っ!! ちょっ、どこ触って、ねぇ!?」

 ティナの不穏な手癖は今日もレミィの体を襲い始めていた。

 ……!?

 わいわいと声を出しながら道の曲がり角に差し掛かったその時だった。レミィが何かに気付くように体をピクッと微動させた。

「あれ、ここ、ちょっといけないとこだった?」
「ティナ、止まって」

 トスッと軽やかな音が壁で起こる。
 何かを感じ取ったレミィが、ティナに覆いかぶさるように壁に押しやり、動きを止めた。
 
「あ、え、これって、壁ドン……? ちょっと、レミィ、それは恥ずかしいよ……?」
「あんたいつまでもくだらないこと言ってないで、ちょっと静かにして」

 左腕でティナの行く手を遮りながら、曲がり角の先を注視するレミィ。そしてちらりと壁より覗く横顔が、少し険しくなる。

「(ポッ)」

 そんな近い横顔に、少し顔を赤らめるティナ。

「変なこと考えてないで」

 何も見てないのに、その様子がわかったレミィは、エスパーなの? とでもいいたそうなティナの顔を横に、耳をすませていたレミィ。

「何かいる……。それに、なんだか気分が悪いような……」

 と、ウィスパーボイスをティナにかけたその時。
 パァン! と、何かの入れ物が弾き飛ばされるような音がその場に響いた。
 それと同時に聞こえてくるのは少女の悲鳴。

「な、何っ!?」

 ビクッとティナが驚いたのが見えた。
 この道の向こうで何が起きているのかはわからないけど、これはまずい。
 そう思ったレミィは、気づけばその場から飛び出していた。

「何してるの!」

 ズサァッっと足音をたて、一緒に胸ポケットにかけているペルマに手を伸ばしながら叫ぶ。
 そのペン先は『ほわっ』と淡い輝きを灯していた。

「…………」
「……!!」

 その声を聞いた一人は、男。冷たく、命のない瞳でレミィを見ていた。
 そしてもう一人は……

「ノア!?」

 少し腰が引けながらも、勇敢に男に向かい合っていたノアだった。
 男は左手を前にし止まっている。その男の周囲の様子から、恐らくマスティカを使った後のようだった。
 ノア自身にはひどい怪我は見えなかったが、その周りにあっただろうコーンや看板といった機材が凹み、飛び、壊れ様々だった。
 男とノアとの距離は10メートルほど。

「あ、シルフィード……!?」

 遅れてレミィの後ろに姿を表すティナ。

「あと、ちちおんな!」
「ちちおんな言わないで!! じゃなくて、ノアちゃん大丈夫!?」 
「あたっ」

 体勢が崩れたのか、ノアが尻もちを付いてしまった。
 その瞬間を見ていないのに関わらず、男が速やかに顔をノアに向け再び動き出した。
 右手にはペルマが握られている。
 片膝をつく形でしゃがんだ男は、その視線を全く外さずに地面にマスティカを書き始めた。

「あの男、危ないっ!」
 
 同じようにその場にしゃがみマスティカを書き綴るレミィ。

【その見えるもの 立ち尽くすもの 風の前に】

 書き綴るスピードでレミィに叶うものはいない。
 素早く、しかし正確に丁寧にマスティーグラフを連ねていく。

「ノアからはなれなさい!」

 書き綴り終えたマスティーグラフに左手をパシッと添える。そのまままるで手綱を引くかのように文字の光を引き上げ、自らの腕に絡めつける。
 体を捻り引き下げた腕を、今度は思い切り前に突き出した。
 その瞬間、光は風に変わり、その腕に従うように風が男に突進していく。
 はっと男が風を視認すると、なんと大きく後ろに飛び退った。

「!?」

 風の届かない位置まで飛び退った男。
 その動きにレミィは驚きを隠せていない。

「な、なに、今の」

 普通の人間にできるような距離の飛び方ではなかった。
 いや、訓練した者ならできないことはないのか……?
 しかしその男はそんな訓練を受けているような人ではない、ように見えたのだけど。
 着地するやいなや、その男の左手が輝き出したのがわかった。
 邪魔をしたはずだったが、男のマスティカは完成していたのか。

「――――」

 男が何かをつぶやいた。すると。
 ズドドドッと地面を揺るがすような音と、揺れが感じられた。
 すぐにレミィの目下の地面が盛り上がりを見せ、そのまま地面が飛散した。

「きゃあ!!」

 突然に広く飛び散る石破片を、避けることができずにそのまま受けるレミィ。
 痛そうな音が響くのがわかる。

「レミィ!!」
「シルフィード!?」

 腕を交差させ、顔・頭は守っていたのでなんとかそこの怪我は抑えられたが、手足などは少々強く打ってしまい、苦痛に顔をしかめたレミィ。

「このぉ! 女の子に何してくれてんのよ!! 許さないから!!」

 強く叫んだノアが右手を構え、力強くその指を鳴らした。
 パチィン!! と響く音。と同時に鳴らした指の周囲に青白い稲妻が集まり、瞬刻、男に向けて差し込んでいった。
 バチバチと流れる音と光が、衝撃とともに男に当たる。
 直撃したのか、瞬間に光のドームが目の前に広がった。
  
「……」

 その衝撃と音で男の様子がわからない。あたったのか、ダメージを与えたのか。
 矛先を注視するノア。だが。

「――――」

 再び何かをつぶやく声が聞こえた。
 同時にぼうっと不穏な光が輝くのが見えた。嫌な雰囲気と力。
 それが、地鳴りとともに地面のかけらが飛散してくる。

「――!!」

 直撃か。
 そうノアが観念しかけた時。

「立ちはだかれ……!」

 自身の痛みを庇いながら、腕を抑えながら、言葉とともにレミィが左手を突き出した。
 レミィはよろよろとしながらも、その場にマスティカを書いていた。
 今度はノアの足元から風の渦が立ち上がり、そのままノアの体を包み込んでいった。

「ノ、ノアちゃん!? レミィ、何を……」

 その行動にティナが驚きの声を上げた。
 ノアは強く吹き荒れる風に飲み込まれていく。
 しかし、風鳴り荒れながらノアを包んだ風は大きな防壁となり、ノアに襲いかかる地面のかけらをたちまち吹き飛ばしていった。

「……!」

 弾かれたかけらを見て、わずかに男の手が動く。
 全てのかけらを弾き飛ばした後、風は大きく広がり散開して消えていった。

「ええい、シルフィードに助けられるなんて……! でも、助かった!」

 風の中から現れたノア。
 既にノアの足元は光り輝いており、強い力を感じられた。
 
【迸(ほとばし)れ 明滅と轟きの槍先を】

 強い輝きの中で、高く掲げられた右手。
 ノアの体を覆う光は迸る稲妻となって集まっていく。
 そのまま手を振り下ろし、指を強く鳴らした。
 体に纏う稲妻はそのままノアの手に従うように放たれ、男の元へと飛びかかっていった。
 光の先を薄目で見ていたレミィ。不意に、その男と目があった。
 
 ――!?

 ――眩しくてよくは見えなかったけど、その男の目には生気なんてなかった。ただ闇に埋もれてどこを見てるのかわからない。
 だけど、その時一瞬見せてきたあの目は、私を掴んでいた。

 ノアが放った力は、先程見せた稲妻とは大きさも威力も全然違うものだった。
 轟音が耳を打つ。
 その場に膝をつけてしまったこんでしまったレミィは、その光景を腕で目を覆いながら見つめていた。
 


 少しの時間が経つ。
 砂煙が立ち込め、男の様子が見えなかった。

「どうなったの……?」

 心配そうな顔のティナがレミィに駆け寄り、その体を抱く。

「……逃げられた」

 その場に立ち尽くすノアの不本意な声が砂煙の中から聞こえてきた。
 次第に風とともに煙が晴れていく。
 隙間から覗くノアの体の周りには、稲妻の残りが音を立て打っていた。
 ノアは悔しそうに自分の髪を乱す。そしてつかつかとレミィのもとへとやってきた。

「あれ、今のやつ。あたし見たことある」

 レミィを見下ろすようにして話しかけるノア。

「学園の上級生だよ、今の」

 その言葉に、レミィとティナの顔が驚く。

「ねぇ、もしかしてあの失踪事件と関係してるんじゃなくて?」
「……わからない。でも、学園生が突然襲ってくるなんて」

 不意にエルナと交わした言葉を思い出してしまう。早速ノアにバレている。
 それに、よくは見えなかったけどあの人の目、普通じゃなかった。
 そう思い出し、考え込んでしまうレミィ。
 それを見ていたノア。そのまま自身の制服についた土埃を払う仕草をして続けた。

「……まぁ、いいけど。」

 そう言うと、こほんと小さな咳払いをするノア。

「さっきはありがと……。助かったから。ってか大丈夫? 凄い音がしてたみたいだけど、怪我してない?」
「ちょっと強く打ったところは痛いけど……」

 レミィのそばでかがむノアは、突然スカート部分をめくりだした。

「血が出てるし」
「ちょっ」

 それをガバっと押さえるレミィ。確かに、膝から下、腕など至るところに擦り傷、切り傷ができていた。

「ちちおんな、何かないの?」
「え、何かって」
「なんか怪我治すやつ」
「え、無理だよ、そんな……。それに、使えてもここじゃマスティカ使えないし……」

 マスティカを使うのなら、危険を伴うからこそルールを守らなければならない。秩序を乱さないためにも。
 だからこそこの世界の法にも、一応正当な理由や許可の無いマスティカの行使は禁止、というのが掲げられている。

「今更だから」

 しかしノアに一掃される。

「魔法律くらい、あたしだって知ってるよ。でも、正当な理由あればいいんでしょ?」

 そう、危険を伴わないもので、正当な理由があるのであればそれは事後承諾でも通る。
 例えば、自然災害時の救助や、救急救命が必要な場面が訪れた場合。
 他にも正当防衛なんかもそうだ。
 身の危険が迫る中で、いちいちそんな許可を待つことなんて出来はしない。
 だから、そういった場合にはその場の判断でマスティカの行使が許される。
 ただし、後始末はきちんとすること。
 マスティカの行使は、数分のうちであればその力の流れを後から汲むことが出来るので、手慣れた人なら誰が何を使ったか、ちゃんとわかるのだ。

「今は緊急なの。ほら、シルフィードが血だらけで今にも失神しそうでしょ?」

 ちらりと自分の怪我元を見るレミィ。
 それは言い過ぎだと思う……。

「そう……だけど、あたし怪我治すマスティカなんて使えないって……」

 治癒系のマスティカはごく限られた性質のペルマでしか使えず、また、非常に高度な力を必要とするのでなかなか扱える人なんていない。
 それは先生やアレストルや、それ以外の優秀なマステニアでさえもめったにいない、希少なものなのだ。
 
「あ」

 と、何かをひらめいたティナ。

「花……、草……、薬草? ……そっか。直接は出来ないけど」

 何かをつぶやいた後、レミィの近くの地面にひとつのマスティカを書き始めた。

【咲かせて ふわり 花びらの広がりを】

 その文字に手をかざしたティナ。少しすると、オレンジの光が文字から浮かび始めた。
 
「アマージ!」

 と、可愛らしくティナが叫ぶと、その光はふわふわとレミィの傷口へと集まりだした。
 傷に留まった光は優しい輝きに変わり、そのままぴったりと寄り添っている。

「あれ。光があたったところ、痛くなくなった」
「なんだ、できるんじゃない」
「ティナ、凄い!」
「えへへ……。わかんないけど、薬草を想像して、こう、えいってやったら何かでたよ」

 花の力を扱えるティナ。その応用から、傷に効く薬草を作り出してレミィに塗布したようだった。瞬時に治すことはできないが、傷の塞ぎを早めてくれる。

「でも、痛みはどうすることもできなくて……ごめんね?」
「謝らなくてもいいって。そんなの凄い難しいマスティカだろうし、これだけでも十分助かってるよ」

 そう言って、ふとウィルが以前使ったマスティカを思い出した。
 そういえばあの時、私の手の痛みを取り除いてくれたような……。

「それにしても……。これはちょっと厄介ね」

 ふいっと後ろを振り返るノアがつぶやく。激しい戦いの痕跡が恐々とする。

「あたし達のマスティカ、かすりもしなかったから、きっと。それであのまま逃げられるなんて、また被害者でちゃうぞ」
「そういえば、ノアはどうして今の男と?」
「……まぁ帰り道うろうろしてたらね、不審な動きしてる人を見つけたから後ろから追いかけてたの。そしたら突然振り返って、そのままマスティカ打たれたんだよ」

 その頑張りはとても称賛に値するけれど、ちょっと無謀だな、と二人は心で思っていた。
 
「最初のはなんとか避けたんだけど……。そうしたら」
「私達が飛び出てきた、と」
「そう」

 というと、ぷいっとそっぽを向くノア。

「こんなとこに出てこなくても大丈夫だったんだから。余計なことしたから怪我したでしょ。これくらいあたし一人でどうにかできたのに」
「うそつき、あなた腰が引けてたわよ」

 ぽんっとノアの顔が赤くなるのが見えた。

「……うるさい、シルフィードのくせに」
「意味わからないよ」
「まぁ、とりあえずどうにかなったんだしいいじゃない。そろそろ帰ろうよ」
「良くないから、ちちおんな」
「まっ」

 すっくと立ち上がるノア。そのままくるりと背を向け、歩き出した。
 3、4歩歩いたところで、立ち止まり、レミィたちを振り返る。

「気をつけて」

 そういうとノアはそのまま突っ走っていってしまった。

「あ、ちょっと! 危ないから送っていくっ……て」

 言うのは遅く、既にノアの姿はなくなっていた。

「はやぁ」
「まぁ……こんなことそう起こらないと思うけど」
「逃げ足は速そうだし」
「……明日、エルナさんに報告しておこう」

 そのまま二人もこの場を後にした。


第15話
 

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